日本の水道が「安くて安全」の裏側
日本の水が危ない⑨
資金の不足
必要なメンテナンスや更新が追い付かない最大の要因は、資金や人員などのリソースの不足にある。このうち、まず資金についてみていこう。
すでに述べたように、水道事業は独立採算が原則だ。メンテナンスや更新に必要な資金をねん出する必要があるため、すでに多くの自治体で水道料金が引き上げられており、総務省の『地方公営企業年鑑』によると、2012年に全国平均で100・6%だった料金回収率は、2016年には106・7%にまであがった。なかには、回収率が120%を超える自治体すら150カ所(全体の12%)あったが、これは「とりすぎ」というより、現在の給水にかかるコストに加えて、長期的な投資に必要な資金を調達するためとみた方がよい。
しかし、それでも第1章で取り上げたように、水道関連の投資額は年々減少している。つまり、これまでの料金の引き上げでは、老朽化した水道管の更新や耐震化工事などに必要な資金の調達に必ずしも十分ではないのだ。
そこには、利用者の側にも問題がある。「安くて安全な水道が実はもろいもの」という理解が広く浸透しているとは言いにくい。そのなかで水道料金の引き上げには限界があり、これがメンテナンスや更新にブレーキをかけている。
その結果でもある資金難は、とりわけ小規模な自治体に目立つ。料金回収率は全国平均で向上していても、全国の自治体の約33%では100%を下回っており、その多くは小規模な自治体とみられる。小規模な自治体で、あくまで独立採算の原則に忠実に料金を徴収すれば、一世帯当たりの負担が大きくなりすぎ、かといって料金徴収が十分でなければ、その他の公費を投入して補わざるを得なくなる(実際、給水人口が100人以上5000人未満のものは簡易水道事業と呼ばれ、独立採算の原則が適用されず、国庫補助の対象となっている。なお、給水人口が100人未満の場合は飲料水供給施設と呼ばれ、水道法の適用外であるため、ここでは取り上げない)。
小規模な水道事業者の苦境を表すのが、累積欠損金比率と呼ばれる指標だ。これは収益に占める損失(繰越金などでも補てんできず、複数年度にわたって累積した損失)を指し、0%以下なら健全な経営といえるが、総務省の『水道事業経営指標』によると、政令指定都市を除くほぼ全てで累積欠損金が発生している。なかでも人口が5000人以上1万人未満の自治体の場合、2015年段階で平均10%を上回り、同じ年の全国平均(0・9%)の10倍以上にのぼった。水道料金が少しずつ値上がりしていることもあって、全国平均での累積欠損金比率には改善傾向がみられるものの、人口減少が進む小さな自治体ほど資金難に陥りやすく、必要な投資が難しくなる構図がうかがえる。
とはいえ、政令指定都市をはじめとする都市も問題がないわけではない。ほとんどの都市でも利用者は減少しているが、水道料金の引き上げには限界がある。しかし、それでも都市では工場などの大口利用者が多く、しかも水道料金の設定には使用量が多いほど料金が増える「逓増制」が採用されることが一般的だ。つまり、都市には小口の一般利用者からの料金の不足分を、大口利用者が多めに料金を支払うことで補完する構図があるのだ。大和総研の調査報告によると、こうした状況は全国の水道事業者の約3割を占め、そのほとんどが人口30万人以上の自治体である。小規模な自治体と比べて都市の水道経営が安定しているのは、この構造によるところが大きい。
ところが、グローバル化によって工場などの海外移転はもはや珍しくなく、大口利用者も年々減少している。さらに、大口利用者のなかには料金が割高になりやすい水道を嫌い、私設の専用水道を導入するケースまである。そのため、大口利用者からの料金収入に依存した構造が持続するかは疑わしいのだが、自治体にとってその不足分を小口の一般利用者に転嫁することはハードルが高い。要するに、長期的に資金調達が難しくなっている点では都市も同じといえる。
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KEYWORDS:
『日本の「水」が危ない』
著者:六辻彰二
昨年12月に水道事業を民営化する「水道法改正案」が成立した。
ところが、すでに、世界各国では水道事業を民営化し、水道水が安全に飲めなくなったり、水道料金の高騰が問題になり、再び公営化に戻す潮流となっているのも事実。
なのになぜ、逆流する法改正が行われるのか。
水道事業民営化後に起こった世界各国の事例から、日本が水道法改正する真意、さらにその後、待ち受ける日本の水に起こることをシミュレート。